マヤの古文書は神父の語学力によって解明された!その2


その1で ご紹介したように

マヤの古文書は 

焚書にみまわれたため

 

(マヤ人が自分たちの宗教をやめて

 侵略された スペイン人のキリスト教に帰依しないため

 マヤの神官たちの手にある 神聖な文書を

 すべて集めて 火を放った 1562年の出来事)

多くの 神聖な書物は 失われた。

 

が どの時代も 同じで

そういう惨事に見舞われても

生き残った物もあり

また 覚えていることを 書き映して

残っているものもある。

 

さて そんな貴重な古文書だが

その1で 記述したように

アトランティスの滅亡を物語ったものだという解釈が

論争を呼び 

さまざまな学者のこころに 火をつけた。

 

 

その大きな功績をあげたのは

「ペレシアヌスの絵文書」を発見した

東洋学の学者 レオン・ド・ロニーである。

 

「ペレシアヌスの絵文書」とは

予言や歴史的事実 などが書かれている。

 

予言に深く関与している カトゥンの終了日が

連続的に11カトゥン記されている。

 

また そのカトゥンを支配する神や

その神をまつるための儀式の内容などが

詳しく 描かれているのである。

 

暦の終わりの儀式や 新年の儀式

また 星占いも 描かれているという。

 

カトゥンとは 20年を 1つのカウントとして

とらえられている 単位のことです。

詳しくは こちらを 参照ください。

トゥン暦~カトゥンとは

 

さて このロニーさんだが

収集家の マドリードから

「コルテシアノの絵文書」を売りたいと

連絡があった。

この話に乗り気になったロニーさんは

さっそく 手に入れると

あることを 発見した。

じつは 

「トロアノの絵文書」

解明した ブラッスール神父は

その書物の最後のページが

最後のだと思ったため

奇妙な解釈に陥ってしまったのだ。

 

ロニーさんが 発見した事実とは

手に入れた

「コルテシアノの絵文書」

「トロアノの絵文書」の最終のページの続きだということが

判明した。

 

 

したがって

ブラッスール神父が最後のページだと思っていたが

それには 続きがあったというわけである。

その続きが

ロニーが解明した

「コルテシアノの絵文書」だということである。

 

二つの文章が 分断されて

売られていたことになる。

 

現在では

この 二つの書物が ひとつにまとめられている。

 

名前も 

「トロ・コルテシアノの絵文書」と改名されている。

 

こうした珍事も

神父の 奇妙な発表によっての功績である。

 

世の中 正しいということばかりでは

発展しないという例の一つでもあるといえよう。

 

失敗があるからこそ

成功が 成し得る。

 

さまざまな 解釈の中で

こうやって 古代マヤ文明の叡智が

人々の 中で 息づいていくことを

ありがたく感じている。

 

 

 

 

 

東大家庭教師が教えるやる気で人生を変える秘密

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